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いんてぐらるのくらしごと

東北で田舎暮らしをしている、ワーキングマザーのワーク・ライフバランスな日々。メンタルヘルスに関する記事も。

うつ地獄に行って、帰ってきた話。その1

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この記事を書くのに、ずいぶん悩みました。
が、この記事がないと、このブログの根っこみたいなものがぼやけてしまうのではないか、と思い、書くことにしました。

私がうつ病を発症し、完治したお話です。

過労の果てに…

6年ほど前。人事異動で、平社員から突然、技術部門のリーダーに抜擢されました。中途採用から4年目のことです。
入社した頃から、いろいろと指導してくれた先輩たちが、その日からいきなり部下。
しかも、部署統合したばかりで、部下十数人が、社内2箇所、他県3箇所に散らばっている状況です。
他の部署は、同じ場所に全員揃っているし、ベテランがリーダーに上がっていくのが普通。無茶振りもいいところです。

しかし、推してくださった上司の手前、できませんとは言えません。
頑張りました。
無駄に頑張りました。
空回りするほど頑張りました。
そして、1年が経過した頃、問題は起こりました。手に負えないほどの容量の案件が、立て続けに降りかかったのです。
連日、2時間から4時間の残業は当たり前。休日も、あってないようなものです。タイムカードを押さずとも、会社に顔を出します。男性陣は夜中まで働き、私は残業時間が三六協定に抵触しないかを日々管理するのが重要な仕事になりました。
部下からは、もう無理ですとつつかれ、上司に窮状を訴えても「とにかくやれ」と言われるだけ。
その状態が、2年続きました。
息子は幼稚園から小学校に上がった頃。なかなか帰ってこず、子供の面倒をほとんど見られない私に、母は何度も爆発しました。
そしてようやく、仕事が落ち着きかけてきた頃……朝、会社に行こうとすると、立ち上がれなくなってしまいました。

上司から、家族が通っていた病院を紹介されました。仮にA病院としましょう。予約から3週間、ようやく診察。
最初にカウンセラーの方と面談。その結果を基に、医師との面談。
診断は、「うつ病」。1週間後には、2週間休養するよう言われ、診断書ももらいました。
うつの診断って、こういうものなのかと思いました。というか、本来どういうものなのか、調べる気力もありませんでした。
休養の後、私は技術部門を離れました。

さて、ここからが実は、うつ病の始まりだったのです。

通院始まる

A病院では、3種類の薬を処方されました。
抗うつ剤抗不安薬抗精神病薬、です。
初めて飲んだ時、今までの辛さ、苦しさがいっぺんに消え、感動すら覚えたものです。
この組み合わせの投薬が、2年続きました。
月に1回通院すると、主治医(a医師としましょう)が悩みを聞いてアドバイスをくれたりしました。
1年ほど経ち、主治医がb医師に変わることになりました。
このb医師、やっかいな人で、「変わりありませんか」と訊いてくるのに、「はい」以外の返事をすると途端に機嫌が悪くなる、という人物。診療時間は毎回、5分足らずでした。

みるみるおデブになった訳

さて、A病院に通っている間、私の体重はぐんぐん増加して行きました。
理由は、分かっていました。
仕事から帰ると、お菓子が食べたくなる。気持ちが落ち着くまでお菓子を食べる。袋菓子はすぐに空になりました。
そして、夕ごはん。お菓子を散々食べた後なのに、びっくりするほど食べられます。
その後は、床にごろんとしてうたた寝。ちょっとした家事はできますが、それ以上の気力がない。
2年で、9kg増えました。そりゃそうです。
今まで何度かダイエットに成功していた私ですが、この「気力がない」状況では何も完遂できない。
さすがにまずいと思い、ネットでいろいろ調べ始めました。
すると、どうも薬のせいらしい……? 薬を変えると痩せました、という声も複数ありました。
先生に相談しよう。これが1年ほど前のことです。

薬、いきなりやめる(大失敗)

通院のタイミングで、b医師に体重増加で悩んでいること、薬を変えたら効果はどうか、ということを相談してみました。
b医師、突然キレはじめました。「僕が処方したんじゃない、a先生が処方したんだから、知らない」
あ然。
私はそれ以上何も言わず帰り、それきりA病院には行かなくなりました。
と同時に、薬の服用もやめてしまいました。これが大失敗、本当のうつ病の始まりとなってしまったのです。

続きます。次回、完治編!

※これは私個人の体験で、すべてのうつ病患者さんと同じというわけではありません。うつには適切な治療が必要です。必ず医療機関にかかりましょう。